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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)9784号 判決

原告 大野晴正

右訴訟代理人弁護士 水島正明

被告 東建地質調査株式会社

右代表者代表取締役 中田久義

被告 渡辺謹一

被告 森山一英

被告 中田久義

右四名訴訟代理人弁護士 木内俊夫

同 藤森勝年

主文

一、原告の本件株主総会決議取消の訴えを却下する。

二、原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1.(主位的請求)

昭和五九年三月二八日開催の被告東建地質調査株式会社(以下「被告会社」という。)株主総会でなされた「取締役原告及び安達健一郎の辞任に伴い、両名に対し、あわせて金一二〇〇万円を限度とする退職慰労金を支給する。その金額、支払時期及び支払方法については取締役会に一任する。」旨の決議は無効であることを確認する。

(予備的請求)

右決議は、これを取り消す。

2. 昭和五九年七月二一日開催の被告会社取締役会でなされた「原告の退職慰労金額を金四四二万三九一〇円とする」旨の決議は無効であることを確認する。

3. 被告らは、原告に対し、各自金一四九七万六〇〇〇円及びこれに対する被告会社、被告森山、被告中田は昭和五九年九月九日から、被告渡辺は同年同月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4. 訴訟費用は被告らの負担とする。

5. 3につき仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 当事者

(一)  原告は、昭和四八年四月から昭和五八年八月二二日までの間被告会社の取締役の地位にあったものであり、かつ、被告会社の株主である。

(二)  被告渡辺は、昭和五九年三月当時、被告会社の代表取締役、被告森山及び同中田は、右当時、被告会社の取締役の地位にあったものである。

2. 本件各決議の存在

(一)  昭和五九年三月二八日に開催された、被告会社の第二七回定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)において、「昭和五八年八月に退職した取締役原告及び昭和五九年一月に退職した取締役安達健一郎について、両名あわせて一二〇〇万円を限度とする退職慰労金を支給する。その金額、支払時期及び支払方法については取締役会に一任する。」旨の決議(以下「本件株主総会決議」という。)がなされた。

(二)  ついで、昭和五九年七月二一日に開催された被告会社取締役会(以下「本件取締役会」という。)において、「原告の退職慰労金額を金四四二万三九一〇円とする。」旨の決議(以下「本件取締役会決議」という。)がなされた。

3. 各決議の違法性

(一)  被告会社の役員退職慰労金規定

被告会社は、昭和五二年三月二八日開催の第二〇回定時株主総会で、村田芳三取締役の退任に伴う退職慰労金の支給について、「役員退職慰労金支給内規により退職慰労金を支給することについて取締役会に一任する」旨の決議をし、同日開催の取締役会で、左記要旨の役員退職慰労金内規(以下「本件内規」という。)が制定された。

(1) 退職慰労金の算定方法は、次の算式による。

退職時報酬月額×在任年数×2

(2) 使用人兼務役員の報酬月額は、使用人分基本給月額と役員報酬との合算額とする。

(3) 在職中特に功労のあった役員に対しては、取締役会の決議により、算出金額の三〇パーセントの範囲内で功労加算金を支給することができる。

(二)  過去における本件内規の適用

右村田芳三取締役をはじめ、昭和五七年までの五名の退任取締役については、すべて本件内規が適用され、それぞれの退職慰労金が算定、支給されてきた。

(三)  本件各決議の違法性

(1) 本件内規によれば、原告の退職慰労金は少なくとも一四九七万六〇〇〇円であり、安達健一郎のそれは少なくとも二四三二万円であるのに、本件株主総会決議は、右の合計金額の三分の一にも満たない一二〇〇万円を両名の退職慰労金合計額の限度としている。

(2) 退職慰労金の法的性質は、基本的には報酬の後払い的性格を有し、これに退任後の生活保障や在職中の功労報償の性格を併せ持つと解するのが一般であり、本件内規の退職慰労金も、功労加算金部分はともかくとして、基本退職慰労金部分は、職務執行の対価として多かれ少なかれその権利性が承認されるべきであり、本件内規を無視して全くの自由裁量により退職慰労金を決定することは許されない。

また、本件内規は、取締役会が、株主総会の命によって作成したものであり、実質的には株主総会が自らの意思で総会の役員報酬決定権を自ら規律する規範を設定したものであるから、原告が取締役に選任され、就任した際に、右内規は原告と被告会社間の取締役就任契約の一部を構成し、少なくとも基本退職慰労金部分の限度では退職慰労金が支払われるという期待権ないし期待利益を原告に発生させるものである。

(3) ところが、本件株主総会決議及び本件取締役会決議はなんら合理的な理由に基づかず、原告らの退職慰労金額を内規の定める金額の三分の一以下とする不利益な取扱をしようとするものであって、その内容が著しく恣意的かつ不公正であり、原告と被告会社間の契約関係にも違反するものであって無効である。

(4) 仮に本件株主総会決議が無効でないとしても、同総会は、招集通知に原告らの退職慰労金の額、本件内規との関係等の明示を欠き、総会の議事においても本件内規との関係を全く開示、説明せず、原告らを特別利害関係人として議事への参加を認めないなど、その決議に至る方法が甚だ不公正であり、内容も定款に準ずる自治規範である本件内規に違反するものであるから、少なくとも商法二四七条一項一号、二号により取り消されるべきである。

なお、決議取消の訴えの提起期間の関係では、本件株主総会決議は、原告らの具体的な退職慰労金額の決定を取締役会に委ねているから、本件取締役会決議の行われた昭和五九年七月二一日に、本件株主総会決議が完結したものと解するべきである。

4. 被告らの損害賠償責任

被告渡辺、同森山、同中田は、被告会社の業務執行機関である取締役会の構成員及び代表取締役として、原告の退職慰労金の決定に当たっては、原告と被告会社間の契約関係に違反することがないようにし、かつ、取締役会の自治規範である本件内規を遵守すべき義務があるにかかわらず、共謀のうえ、本件内規を無視し、右義務に反して本件株主総会決議と同内容の議案の提出を取締役会で決定し、被告会社の株主がすべて役員その他の会社関係者であって、議案に異議を述べないのを奇貨として、本件内規との関係について全く開示、説明することなく、本件株主総会に右議案を提出し、そのとおりの議決を得た後、本件取締役会において、原告の退職慰労金額を前記のとおり決定したものであり、右被告らの行為により、原告は本件内規による退職慰労金一四九七万六〇〇〇円相当額の法的利益を侵害され、同額の損害を被った。

したがって、右被告らは、民法七〇九条又は商法二六六条ノ三により、被告会社は民法四四条(商法七八条、二六一条三項)、民法七一五条により、原告の右損害を賠償すべき義務がある。

5. よって、原告は、被告会社との間で本件株主総会決議の無効確認(予備的に同決議の取消)及び本件取締役会決議の無効確認を求めるとともに、被告らに対して前記損害金一四九七万六〇〇〇円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日である被告会社、被告森山、同中田は昭和五九年九月九日から、被告渡辺は同年同月一一日から、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1、2の事実は認める。

2. 同3の事実について

(一)  (一)、(二)の事実は認める。

(二)  (三)の(1)の事実は認め、(2)、(3)の事実は否認し、(4)のうち本件株主総会の招集通知に原告らの退職慰労金額及び本件内規との関係を明示していないことは認めるが、その余は否認する。

3. 同4の事実は否認する。

三、被告らの主張

1. 本件株主総会決議に至る経緯

(一)  原告及び安達健一郎の退職慰労金の支給に関しては、本件株主総会前の昭和五九年三月三日に開催された取締役会で審議されたが、被告会社の営業状態が悪化しているうえに、右両名とも役員の任期途中で恣意的に辞任したものであり、退職慰労金を贈呈するような功労が認められないこと及び退任後に、原告は株式会社アサヒ地質研究所、安達は河合ボーリング株式会社と、それぞれ被告会社と競業する会社の代表取締役に就任しており、道義的にも問題であること等の点から、役員の一部から右両名に対しては退職慰労金を支給すべきではないとの意見が強く出され、これについて、議長である被告渡辺と取締役会長であった被告森山が協議の結果、本件内規による退職慰労金の三〇パーセント程度なら予算上も何とか支給が可能であるので、その程度の金額を支給するとの収拾案を提案したが、結局当日の取締役会では議決を得るに至らず、被告会社の顧問税理士とも相談のうえ後日改めて審議することになった。

(二)  その後、取締役会招集権者の被告渡辺が病気で入院するなどしたことから、右審議のための取締役会が招集されないままとなっていたが、株主総会招集通知の発送期限である昭和五九年三月一二日に、取締役会長の被告森山が、被告渡辺を除く全取締役を招集して、顧問税理士とも相談した結果原告と安達両名合わせて一二〇〇万円を限度とする退職慰労金贈呈案を同総会に提案したいとの案を諮ったところ、全員が右案に賛成した。

(三)  そこで、本件株主総会において、議長の被告渡辺から右の案が提案され、可決されたものである。

2. 本件各決議の適法性

退職慰労金支給に関する内規は、株主総会の退職慰労金支給に関する決議において、明示的又は黙示的に決議の内容とされた場合には、その限度において総会決議としての効力が認められるが、内規自体が総会の決議を拘束するような効力を有することはあり得ない。したがって、社会経済事情の変遷、会社の営業状態の推移、当該取締役の功績の程度等の退職慰労金支給の基準となる事情に変動があった場合には、総会は従来の内規と異なった決議をすることができ、その決議は内規に優先した効力を有することは当然である。本件株主総会決議は、原告及び安達の退職時の会社の営業状態、退職に至る事情、退職前後の行動等を勘案して内規と異なる退職慰労金額を決定したものであり、また、本件取締役会決議は本件株主総会決議で決定された限度額の範囲で、右両名の退職慰労金額を具体的に決定したにすぎないものであって、これらの決議にはなんらの違法はない。

また、取締役に対する退職慰労金支給内規が存在する場合に、取締役に就任した者は、右内規に従った退職慰労金の受給の期待を有することは当然であるが、退職慰労金の支給は商法二六九条により定款又は株主総会決議の枠内でのみ認められるものであり、経済事情の変動等により内規どおりの退職慰労金の支給されないことがあり得ることは、当初から法律上予定されていることであるから、取締役就任に当たって内規どおりの退職慰労金支給を受けることを内容に含む契約が会社との間で締結されたとみることも到底できない。

四、被告らの主張に対する認否

被告らの主張はいずれも争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1、2の事実(当事者、本件各決議の存在)及び同3の(一)、(二)の事実(本件内規の内容、過去におけるその適用等)及び本件内規によれば、原告の退職慰労金は少なくとも一四九七万六〇〇〇円、安達健一郎のそれは少なくとも二四三二万円であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、本件各決議の効力を検討するに、原本の存在及び〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

1. 被告会社は、土木建築関係の地質調査等を目的とする会社であり、原告は、取締役技術本部長の地位にあったが、代表取締役であった被告渡辺及び取締役会長であった被告森山らの経営首脳陣の経営姿勢に不満を抱いたことから、昭和五八年八月に被告会社を退職し、同年一一月一日付けで同じく土木建築に関する地質調査等を目的とする株式会社アサヒ地質研究所の代表取締役に就任した。また、安達健一郎は、被告会社の取締役営業本部長の地位にあったが、昭和五九年一月に被告会社を退職し同年二月二〇日付けで地質調査等を目的とする河合ボーリング株式会社の代表取締役に就任した。

2. 被告会社は、昭和五六年ころまでは比較的順調な経営状態にあり、昭和五四年度、同五五年度、同五六年度の経常利益は、それぞれ一億二八二九万三一一七円、一億〇一二〇万五二〇八円、六六七〇万七八三二円であったが、昭和五七年度以降は建設業界の不況等に伴う受注減等により、営業成績が急激に悪化し、経常利益が昭和五七年度一七一万五二六九円、昭和五八年度三六四万〇六〇一円、昭和五九年度四六七万七〇四三円と低迷を続け、昭和五七年以降は取締役の役員賞与が全く支給されず、役員報酬も一割前後減額支給される状態であった。

3. 原告及び安達健一郎に対する退職慰労金の支給については、本件株主総会を控えて昭和五九年三月三日に開催された取締役会で右総会に提案する議案の内容について審議が行われたが、取締役の一部から、右両名が被告会社の要職にありながら、経営状態の悪化した時期の年度途中に自己の都合で退職したものであり、両名とも退職後に被告会社と営業目的の競合する会社の代表取締役に就任しており、道義的にも問題があること等の点から、退職慰労金を支給すべきではないとの意見が出され、これに対して、右のような問題はあっても長年被告会社の役員を勤めた者に対して全く退職慰労金を支給しないということもできないとの意見もあって、議事が紛糾し、休憩中に議長の被告渡辺と取締役会長の被告森山が協議した結果、本件内規による退職慰労金額の三〇パーセントの金額を支給することを提案したが、右案についてもその根拠が不明確であるなどとする反対意見があり、結局、被告会社の顧問税理士とも協議し、後日改めて審議することとして当日の会議を終了した。

4. その後、取締役会の招集権者の被告渡辺が、高脂血症等の病気により入院するなどして、右退職慰労金の審議のための取締役会が開かれないままとなっていたため、取締役会長の被告森山が同年三月一二日に、被告渡辺を除く取締役全員を招集し、被告中田が被告会社の顧問税理士の意見を聞いた結果も考慮したうえ、原告及び安達の両名に合わせて一二〇〇万円を限度とする退職慰労金を支給する旨の総会議案を提出することを諮ったところ、出席した取締役全員がこれに賛成した。

5. 右議案は、同年三月二八日に開催された本件株主総会で提案されて可決され、同年七月二一日の本件取締役会で、本件株主総会決議にしたがって一二〇〇万円の限度内で、原告及び安達の各役員在任期間等を考慮し、原告に対して四四二万三九一〇円、安達に対して七〇五万八〇〇〇円の退職慰労金額を支給することが決定された。

三、そこで、右に認定した事実を前提に、本件各決議の効力を以下に検討する。

1. 本件株主総会決議による原告及び安達に対する退職慰労金額は、本件内規の定める退職慰労金の算定方法に従わず、本件内規による基本的な退職慰労金額の約三〇パーセントを両名に対する支給限度とするものである。

しかしながら、取締役の退職慰労金は、その在職中における職務執行の対価として支給されるものである限り、商法二六九条の報酬に含まれ、定款にその額が定められていない場合には株主総会の決議によってこれを定めることを要するのであり、本件における退職慰労金も主として在職中の職務執行の対価としての性質を有するものと解されるから、株主総会の決議によってその額を定めるべき場合に該当する。そして、取締役会が退職慰労金支給に関する内規を定めている場合には、株主総会において、右内規に則って退職慰労金額を決定することを取締役会に一任することが許容されるが、右内規があるからといって、必ずこれによらなければならないものではなく、株主総会が、特定の取締役の退職慰労金について、右内規によらず、当該退任取締役の功労の程度や会社の営業状態を勘案して、独自に退職慰労金額を決定することはもとより可能であると解される。

そして、原告は、本件株主総会決議の内容が著しく恣意的で不公正であると主張するが、商法二五二条によれば、株主総会決議の無効事由は法令違反に限られているから、原告主張のような事由をもって、本件株主総会決議を無効とすることはできないのみならず、前記認定の事実関係からすれば、本件株主総会決議が著しく恣意的で不公正なものとも直ちには認めることができない。

また、原告は、本件株主総会決議が、原告と被告会社間の契約関係に違反するとも主張するが、退職慰労金支給に関する内規が存在しても、会社が取締役に対し右内規に従った退職慰労金を支給する義務を負担するものでないことは多言を要しないから、右契約関係に違反する旨の主張はその前提を欠き、採用できない。

したがって、本件株主総会決議の無効確認を求める原告の請求は理由がない。

2. 次に、本件株主総会決議の取消を求める予備的請求について判断するに、商法二四八条によれば、株主総会決議取消の訴えは、決議の日より三月内にこれを提起することを要するところ、原告が、本件株主総会決議取消の訴えを提起したのは、右決議の日より五か月余りを経過した昭和五九年八月三一日であることは本件訴訟記録上明らかであるから、原告の右訴えは、訴え提起期間を過ぎて提起されたものであって、不適法である。

この点について、原告は、本件株主総会決議は原告らの具体的な退職慰労金額の決定を取締役会に委ねているから、本件取締役会決議の行われた昭和五九年七月二一日に本件株主総会決議が完結した旨主張するが、本件株主総会決議が具体的金額の決定を取締役会に委ねたとしても、右決議自体はそのような内容のものとして完結しており、決議取消の訴え提起期間は右決議の日から進行すると解するべきであり、原告の主張は採用できない。

3. 本件取締役会決議は、本件株主総会決議に基づき、同決議の定める限度額の範囲内で、原告及び安達の具体的な退職慰労金額等を決定したものであって、前記のとおり本件株主総会決議が無効といえない以上、取締役会は右決議に拘束されるのであるから、右決議に従ってその内容を具体化したにすぎない本件取締役会決議に違法な点はなく、同決議の無効確認を求める原告の請求も理由がない。

四、次に、被告渡辺、同森山及び同中田ら(以下本項において「被告ら」という。)の不法行為ないし商法二六六条ノ三による損害賠償責任及びこれを前提とする被告会社の不法行為ないし使用者責任について検討する。

1. まず、被告らが、本件内規が存在するにもかわらず、原告の退職慰労金支給に関して、右内規によらずに、その規定する金額を大幅に下回る退職慰労金の支給案を株主総会に提案することを決議した点を考えるに、退職慰労金支給に関する内規が存在し、かつ、それに則った退職慰労金の支給が慣例化している場合には、当該会社の取締役が右内規に従った退職慰労金支給の期待を抱くのは当然と思われるが、既に述べたとおり、商法二六九条の適用のある取締役の退職慰労金は、定款にその額を定めないかぎり、株主総会の決議によって決定されるのであるから、取締役会の決定した退職慰労金支給に関する内規が存在しても、必ずこれに従った退職慰労金が支給されるとの保障はないのであり、また、取締役会が株主総会に退職慰労金支給に関する議案を提出することを決定するに当たって、適用が慣例化した内規が存在する場合は、できるだけ内規を尊重すべきであるとは思われるが、右内規が取締役会で決定されたものであるかぎり、取締役会の決議によってこれを改訂し、または特定の場合について内規の適用をしない扱いをして内規と異なる退職慰労金支給案の提案を決議することも、その動機及び目的等に特に不法な点がないかぎり、許されると解される。

そして、既に認定した事実関係によれば、被告らが、原告及び安達の退職慰労金の支給について、本件内規を適用せず、これを大幅に下回る金額の退職慰労金支給案を株主総会に提案することを取締役会で決議したのは、被告会社の当時の営業状態や右両名の退職の時期及びその後の行動等を考慮した結果によるものであり、右決議の動機及び目的に特に不法な点があったとは認め難いから、被告らが右決議をしたことが違法であるとはいえない。

2. また、〈証拠〉によれば、本件株主総会は、会社の役員等一〇名前後の株主が現実に出席して行われたところ、議長の被告渡辺からは、原告及び安達の退職慰労金支給議案の内容と本件内規との関係について特段の説明はなされなかったこと及び安達が議案について発言しようとした際に、被告渡辺が、利害関係人であるから発言を控えるように述べ、安達がこれに従ったため、それ以上特に議論もなく、満場一致で右議案は承認されたことがそれぞれ認められる。

右に認定した事実のうち、被告渡辺が、議案の内容と本件内規との関係について特段の説明をしなかった点は、右議案が本件内規に基づかない退職慰労金の支給案であること及び出席者のほとんどが会社の役員等で特に説明するまでもなく議案の趣旨を理解していたと考えられること等から、特に不当なものとはいえず、また、安達が発言しようとした際の被告渡辺の採った措置は妥当とはいい難いが、そのことだけで直ちに原告になんらかの損害を生ぜしめるような行為とは認められないから、いずれも被告らに不法行為ないし商法二六六条ノ三による責任を負わせる事由に当たらない。

3. そして、被告らが、本件取締役会において、本件取締役会決議をしたのが、本件株主総会決議に従ったにすぎないことは、既に述べたとおりであるから、この点に関する被告らの行為については、なんらの違法も認めることはできない。

4. したがって、被告らに対する不法行為若しくは商法二六六条ノ三による損害賠償請求及びこれを前提とする被告会社に対する損害賠償請求は、いずれも理由がない。

五、よって、原告の各請求中、本件株主総会決議の取消を求める訴えは、不適法であるから却下し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺尾洋)

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